テッパクへ・・・
どこか涼しいところで冷たい飲み物でも・・・
と階段を下り、荷物をロッカーに預けます。
さすが東京駅、人も多いですね・・・
ここから各方面への路線が蜘蛛の巣のように広がっており、その乗り換えの乗客で一日中混雑しています。
そのためか、改札内のコンコースがやたら広く、ちょっとしたショッピングモールみたいでお店も充実してますね。
博多駅とは大違いですw

もちろん改札内にも星の数ほどのコインロッカーがありますので、適当なところを見つけて荷物を押し込みます。
そして東京エキッチンでサンドイッチとアイスティーを注文。
ここの中にあるイートインは平日なら終日喫煙(分煙)できますので助かります^^;

さて、腹もいっぱいになったし汗も引いたのでそろそろ鉄道博物館に行きますか・・・

ここで京浜東北線に乗り大宮まで行きます。
しかし、ここ東京に荷物を置いていったのがあとで災いします・・・
まぁそれは後ほど書くとして、とりあえず大宮まで行きます。

大宮で一旦降り、ニューシャトル(埼玉新都市交通伊奈線)で一駅目の「鉄道博物館(大成)駅」で下車します。
このニューシャトルは東北・上越新幹線の高架に両端に並行して走行します。
車輪はゴムタイヤで、車両は横も幅もコンパクト。
大宮駅で待っていると、とても鉄道とは思えないほど急なカーブを静かに曲がってきます。
小さな車両ですから、車内はたちまち超満員。
この乗客のほとんどが鉄道博物館で降りていましたね・・・

さて、鉄道博物館は駅を降りるとすぐです。
乗客のほとんどが博物館に行くようですので、案内板などを見なくても人の流れに任せて歩いていけばOK^^

博物館までの連絡通路を歩いていると、なにやら数字や文字が・・・



こ、これは時刻表!
どうも東北新幹線の時刻表みたいですね・・・

帰宅後調べてみると、これは東北新幹線の開通時からの時刻表が描いてあるそうです。
こういった演出は面白いですね^^



ここが交通博物館に替わる施設として昨年10月に開館した鉄道博物館の入り口。
さて、入りますか・・・
今日は平日ですから、お客はそれほど多くないな・・・

なんて思っていたら、中は凄まじいことになっていました^^;
平日といえども学校は夏休みですから、子供連れの多いこと多いこと・・・
入ってすぐの「日本食堂」(懐かしいっすね・・・)には長蛇の列w

「親は大変だなこりゃ・・・」

なんて思いながら右手へ進み、とりあえず喫煙ルームで一服しておこうと2階へ上がります。
その時目に飛び込んできたのが・・・



本物のステンドグラスです。
詳細は長くなりそうなので鉄道博物館のHPで・・・^^;

しばらく眺めたあと、いよいよお目当ての場所を2階から・・・



わぉ!

早速降りてみます。
このヒストリーゾーンには35両の実物車両が展示されており、中には御料車もあります。
この中でも一番見たかったのはやはりこれ・・・



ナハネフ22-1です。
これは20系客車で当時の二等寝台(現B寝台)緩急車ですが、向かって左側の窓が展望窓(もう片方は車掌室)となっています。
博多~東京間を結ぶ「あさかぜ」に初めて導入され、冷暖房完備で食堂車は当然のこと、ロネ(現A寝台)を多数繋いだ豪華な編成は”走るホテル”と言われました。
この20系のボディーカラーがブルー(青15号)だったため「ブルートレイン」と呼ばれるようになり現在に至ります(現在の14系、24系車両は一部を除いて青20号)。

私自身、20系の列車には何度か乗ったことがあります。
初めて乗ったのは臨時「あさかぜ」でした。

何年前だか正確な年は覚えてませんが、私がまだ小さかった頃の正月に東京に帰省した時でした。
行き(上り)はいつもの「あさかぜ4号」だったのですが、帰り(下り)の「あさかぜ1号」の切符が取れなかったらしく、親父が私に手渡してくれた切符には「あさかぜ51号」と書いてありました。

なに51号て・・・

臨時列車のことなんてまだよく知らない子供の頃でしたから、別に臨時列車でも「あさかぜ」ならいいや・・・くらいにしか思いませんでしたね。
で、乗車当日東京駅に行くとそこには見慣れない車両があるじゃありませんか。
それが20系客車との初めての出会いだったわけで、私はもう嬉しくて嬉しくて^^;
雑誌などで見たことはありましたが、実際にこの目で見ることができるとは・・・
しかもその列車に乗ることができるとは・・・
その晩はほとんど眠ることができず、長い時間このナハネフ22の展望窓から流れ去る風景を眺めていました。
その後は「日南」「かいもん」でも乗る機会がありましたが、やはりあの「あさかぜ51号」での印象が一番大きかったですね。
(大山へのスキー旅行で毎年乗っていた急行「さんべ」にも20系寝台車が連結されてましたが、乗車していたのは毎回12系の座席車でした)



ベッドは窮屈な三段式。
同じ三段式でも寝台の高さは583系の電車寝台のほうが若干高かったかな?



各所曲線で構成されたデザインは古く臭さを感じさせず、今でも十分通用すると思いませんか?

ちなみにこのナハネフ22のトップナンバーは昭和61年に廃車され、その後ずっと大船工場(現在の鎌倉総合車両センター)で保管されていました。
そして今、ここ鉄道博物館で展示されています。

さて、その他いろんな車両が展示されているのですが、全てここで紹介できません。
っていうか、ナハネフだけでかなり語ってしまいましたので、他は割愛させていただきますw

最後に一つだけ・・・



子供の頃、この後のタイプのほうは多く目にしましたが、これも見たことはあります。
しかしJNRのマークが懐かしい・・・
垢抜けない「JR」のマークより、国鉄当時の「JNR」マークのほうがはるかにかっこいいと思いますがね^^;

かなりの時間をここ鉄道博物館で過ごしてしまいました・・・
そろそろ叔母さんの家に行くことにしましょう。

あ、でも長くなりましたので続きはまた明日です^^

| 鉄道::2008年夏「富士・はやぶさ」の旅 | 21:05 | comments (0) | trackback (0) |
コメント
コメントする








この記事のトラックバックURL
http://white-momiji.chicappa.jp/tb.php/170
トラックバック

  
PROFILE
CALENDAR
S M T W T F S
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31    
<<   07 - 2024   >>
LOGIN
現在のモード: ゲストモード
USER ID:
PASS:
CATEGORIES
TRACBACK
OTHERS
POWERED BY
ぶろぐん
SKIN BY
ゲットネット...¥
高精度自由雲台なら