さらば「富士・はやぶさ」・・・
3月13日発の運転をもって「富士・はやぶさ」はその長い歴史に幕を下ろしました。
私は残念ながら最終列車の切符を確保することができず乗ることができませんでした。
ですから見送りと出迎えだけでも・・・と思ったりもしたのですが、やめました。

見るとさらに哀しくなりますからね・・・

さぁ、これで東京と九州を結ぶ寝台列車が姿を消しました。
東海道ブルトレといえば高度経済成長を支えてきた第一人者でもありますし、新幹線と並んで日本の鉄道において大きな存在でした。
その東海道ブルトレも国鉄がJRへと民営分社化されて4社をまたいで走行する形になり、さらにスピードと経済性の追求で会社にとっては大変迷惑な列車になってしまったのです。
今や利用者の多くは「速さ、安さ、快適さ」が最重要であり、新幹線や航空機、高速バスなどのし烈な価格競争の煽りを受けて長距離寝台列車の利用者は少なくなってしまったのです。

前にも書きましたが、今や鉄道は単なる移動手段としての要素が大きくなり、列車の移動そのものを楽しむことを好まなくなってきたように思えます。
北海道方面へは北斗星、カシオペア、トワイライトエクスプレスなどの寝台特急がまだ存在しますが、北海道への旅行といえばある程度の余裕を持った旅程をくむケースがほとんどですよね。
これは”北海道はでっかいどう~”ってなイメージも大きく作用してか、ゆっくり贅沢な旅を求める人が多いのではないかと思いますねぇ・・・

さて、そんなこんなで廃止に追い込まれた九州ブルトレ・・・
何とか季節運行の臨時列車として存続して欲しいと願っているのですが、今のJRを見る限りそれはムリでしょうねw

と、ここで私が子供の頃に撮った写真が新たに発掘されたのですが、プリント(残念ながらネガが見つからず)をスキャンしたものを以下に・・・



まだ国鉄時代、門司駅でED76に付け替える「はやぶさ」です。
この頃はまだ西鹿児島まで行っていました・・・



東京駅で機回し中・・・



この頃の「富士」は宮崎行きとなっており、日本最長距離列車は「はやぶさ」にその座を譲っていました。



こちらは宮崎駅。
隣のお姉さんは食堂車のウエイトレス?それとも車内販売の乗務員でしょうか?
この頃の「富士」は、食堂車を含む約半分の車両は大分までしか連結してなかったはず・・・


その後調べたところ、この時期は全編成が宮崎まで行っていたようです・・・

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