なはつきよ、お前もか・・・
今日はちょいと鉄分のある話を・・・

私が子供の頃大好きだったブルートレイン。
今も機会があれば乗りたいと思っているのですが、学生時代の帰省時に一度「はやぶさ」に乗ったのが最後になりますかね。
子供の頃、毎年年末には「あさかぜ」で東京の祖父母の家まで行っていましたが、あの頃はまさにあこがれの列車でした。
そのブルートレインの一つ「なは・あかつき」号が来月14日の運転をもって廃止されることになります。
最近は格安の航空運賃や、移動時間の早い新幹線などに押されて利用客が大幅に減り「空気を運んでいる」と揶揄されるまでになりました。
当時(ここでは私の小中学生時代を基準にします)、東京と九州を結ぶブルトレは「さくら」「みずほ」「はやぶさ」「富士」「あさかぜ」がありましたが、現在は「富士」と「はやぶさ」の併結運転となる「はやぶさ・富士」号のみとなりました。
また、関西と九州を結ぶブルトレは、当時「あかつき」「明星」「なは」「彗星」がありましたが、現在は「なは」と「あかつき」の併結運転となる「なは・あかつき」号のみです。
今回廃止になるこの「なは・あかつき」ですが、私はそれぞれ単独運転時に乗ったことがあります。
といっても「なは」は当時583系の電車寝台で、3段式のB寝台は狭くて「二度と乗りたくない」と思った記憶があります。
「あかつき」はその後「明星」と併結され「明星・あかつき」として運転されていましたね。
その列車も40数年の歴史に終止符を打つことになりますが、それまでに何とかしてもう一度乗りたいと思っています。

さて、その懐かしさに誘われて古いアルバムを引っ張り出してみたところ、数枚の写真が見つかりました。
以下その一部とともに当時を振り返ってみたいと思います。



元祖ブルトレの「あさかぜ」です。
この列車は説明すると長くなりますが、いわばブルートレインの元祖といわれる列車で、1,4号が博多~東京間、2,3号は下関~東京間の運転でした。
私が一番好きだったブルトレももちろんこの「あさかぜ」で、毎年東京まで乗っていたのも「あさかぜ1,4号」です。
この写真を撮った場所は竹下客車区(当時は気動車区もここにあったはず・・・で、現在は博多運転区という名称になっています)で、時々コンパクトカメラをもって撮らせてもらってました。
このとき「あさかぜ」を博多駅へ回送する直前で、ヘッドマークを付ける瞬間を撮らせてくれたのを今でも覚えてます。
ちなみに隣のED76-1000番台が引っ張る編成は、20系の臨時「あさかぜ」です(車両は写ってませんが^^;)
この20系こそ走るホテルと騒がれた元祖ブルトレの車両で、この写真を撮った翌年に臨時「あさかぜ」に乗ることが出来ました。

「あさかぜ」には上り下りを合わせて10回くらい乗りましたかね・・・
途中車両がグレードアップされたのですが、24系のあのステンレスの帯がゴールドになって、通路も絨毯が敷かれて食堂車もリニューアルされ・・・
乗客減少に歯止めをかけようとしたこのグレードアップも効果はあまりなく、1994年に「あさかぜ1,4号」は廃止され、残った下関編成も2005年に廃止となりました。


ちなみに最終列車の指定券は、販売開始数十秒で完売したとか・・・w


こちらは「はやぶさ」です。
当時はまだ東京~西鹿児島(現在の鹿児島中央)を結んでいましたが、現在は東京~熊本間の運転となり、東京~門司間は「富士」との併結運転です。
この列車もある年のお盆に乗ったことがあります。
「あさかぜ」の切符が取れず、仕方なく「はやぶさ」に乗ったのを覚えてます^^;
この「はやぶさ」は当時の日本一の長距離定期列車です。


今度は「富士」です。
上の「はやぶさ」と同じ東京~西鹿児島(日豊線経由)だったのですが、このときはすでに宮崎まで短縮されていました(現在は大分)。
短縮前までは日本一の長距離定期列車として長年君臨していました。
「はやぶさ」と区間は同じなのですが、日豊線経由のため「はやぶさ」より距離が長かったんです。
毎日24時間かけて結んだこの列車は、下り列車と上り列車が2度すれ違うという珍しい列車(「はやぶさ」もですが)でもありましたね。(「富士」は西鹿児島発が午前中でしたし^^;)
写真は朝の東京駅10番線です。
このときは「あさかぜ4号」で到着後、続々と入線してくるブルートレインたちを撮り続けていました。

東北・上越新幹線の工事の時期でしょうか?
かろうじて11番線(いわゆるホームのない機回し線)は残っていましたので、各列車の機回し時はすごい人でしたね。
横に見えている0系新幹線が懐かしいですね~


こちらは宮崎駅で回送される「富士」です。
これは宮崎へ旅行に行ったときにたまたま撮ったもので、私は今まで一度も「富士」に乗ったことがありません。
「はやぶさ・富士」も来年廃止との噂ですので、その前に是非乗っておきたい列車ですね。


こちらは急行の「日南」です。
宮崎に旅行に行ったときに乗ったのがこの列車。
日豊線の門司港~西鹿児島を結ぶ夜行急行列車で、この時期20系の寝台車を2両ほど連結してました。
このナハネフ22は片方が展望室となっています。
ちなみに同時期に鹿児島旅行をしたとき、「日南」とほぼ同じ編成だった鹿児島本線の門司港~西鹿児島を結ぶ「かいもん」で西鹿児島へ・・・
そして帰りは「日南」で・・・と、ハタから見ればアホみたいなことをしたりもしましたね^^;



最後は「あかつき」です。
盆暮れは毎回「あさかぜ」での帰省が定着する前までは、時々父親が妙な行動を起こしました。
このときは「あかつき」で新大阪まで行き、新幹線に乗り換えて東京へ・・・
それ以外にも「なは」「明星・あかつき」と3,4回ありましたね。
「いろんな列車に乗せてやりたかった」という親心なのかもしれません(もしくは自分が乗りたかっただけ?)が、母親はかなり不満顔でしたね~
だって早朝に新大阪について、寝ぼけ眼を擦り擦り新幹線に乗り換えなきゃならないんですから・・・

まぁ父親に切符を任せるとこんな感じになりましたので、これ以降全て一人で切符を買って好きな列車に乗るようになりました^^;



さぁ、この「あかつき」ですが・・・
最終列車の切符は明日の10時に発売開始です。
間違いなく取れないとは思いますが、明日窓口に行ってみます。
取れなきゃ取れないで、それまでに乗ろうと思いますけどね^^
後日「あかつき」乗車記でも書ければいいなと思っていますが、どうなるか・・・

| 鉄道::その他 | 23:30 | comments (0) | trackback (0) |
いよいよ「あかつき」乗車・・・
【先日お伝えしたとおり、これから2,3日(・・・で収まるかな?)は“なは・あかつき号乗車記”を書き記したいと思います(以降、画像が多くなりますのでご了承下さい)】

この日の長崎は結構寒く、夜になるとその寒さは一段と増しました。
明るく熱いランタンフェスティバルをあとにし、お次は冷たいコンクリートと鉄が私を迎えてくれました。
とりあえず駅弁と飲み物を買い込み、19時過ぎに長崎駅4番ホームで入線を待ちます。
外ではフェスティバルの真っ最中。
出発ホームの人影はまばらで寒さを増長させます。

そんな中すでに数人がカメラ片手にホームの端で待機してます・・・
この寒い中よくやるわ^^;

幸いホームの端には喫煙スペースがありますので、私も荷物を持ってそこで待機することにしました。

そして19時30分頃、あかつき号がED76に押される形で最後尾から入線してきました。
長崎線はここで終わりですからこのような入線方法になるわけですね。
しかしフラッシュのすごいことすごいこと。
この人たちはいつの間にやってきたのか?
さっきまでの静けさはどこへやら・・・

運行に支障をきたすため、列車を撮るときはストロボは使わないようにするのがマナーなのですが、お構いなしですな^^;
せめて列車が止まるまでストロボは使わないようにしましょうね・・・
といっても、子供や若い女性も結構いますので、マナーなど知らない人も多いでしょうね~

私も早速カメラを取り出し、三脚を立てられるのを確認して撮影してみました。


人が結構いますので、どうしてもクリーンなショットが得られませんでした・・・
人が写り込まないように出発ギリギリまで粘ってみましたがダメでした^^;

そろそろ出発の時間なので慌てて乗車します。
今回乗車するのは「シングルツイン」でB寝台の一人用個室です。
一応一人用なのですが“ツイン”と付くようにベッドは2段(上段は補助ベッド)になっており、このベッドを利用して2人で利用することも出来ます(要別途料金)


狭い個室ですので上手く撮れませんでしたが、引き戸を開けるとすぐにベッドです。
ベッドはソファーベッドになっておりすでに寝台の状態になっていましたが、下関を出るまでは寝ないのでソファーにしておきます。
ちなみにこの車両、半分が“正真正銘の”二人用B寝台個室「ツイン」で、もう半分がこの一人用B寝台個室「シングルツイン」となっています。
「ツイン」は車両の片方に配置され、通路も片方の窓側になります。
一方「シングルツイン」は車両の両側に配置されていますので、通路はここでクランク状に折れて中央になります。
寝台車全般に言えることですが、この通路も例に漏れず狭いです・・・
特に廃止が決定してから乗車率がかなり高くこの日もほぼ満席でしたので、他の乗客とすれ違う頻度も多く結構気を遣いますね。

19時47分、定刻に長崎を出発します。
おなじみハイケンスのセレナーデで車内放送が始まり、到着駅と時刻の案内、そして諸注意などがアナウンスされます。
このハイケンスのセレナーデを聴いた瞬間「そうそう、これこれ!」と非常に懐かしかったですね~^^;
このメロディーは主に客車に使用されていますので、寝台列車に乗ったことがない方でも修学旅行などで使われる列車で昔に聞いたことがあるかもしれませんね。

ちなみに「あかつき」の編成に使用される車両は14系といって、車両(あかつきではスハネフ15の2両)に電源を備えた分散電源方式です。
車両に電源を備えていますので、24系と違って電源車は必要ありません。

さて、とりあえず弁当でも食べて時刻表で各駅の到着時刻のチェック、そしてカメラで撮った画像もチェック・・・
その時カメラの電池が切れてしまい、予備の電池と入れ替えます。
空になった電池は個室内にあるコンセントを利用して充電します。
私があかつきでこの個室を利用したのはコンセントがあるというのも大きな理由の一つです。
開放B寝台には当然ありませんし、あかつき編成のソロ(これも一人用B寝台個室ですが補助ベッドはありませんので2人での利用は出来ません)にもないそうです。

しばらくまったりと外を眺めているとそろそろ鳥栖に到着。
鳥栖では熊本からの「なは」と連結します。
「あかつき」は3番線に入線して乗客の乗降を確認したあとすぐに「なは」の待つ1番線へと移動します。
このとき降りずに車内から「なは」との連結作業を見る人、私のように降りて1番線に移動して外から見る人、それぞれです。


静かに「あかつき」の到着を待っていた「なは」です。


しばらくすると博多寄りから「あかつき」がバックで入ってきて連結作業の開始です。
するとまたフラッシュの雨あられ・・・

無事連結が完了し乗車します。


ここが「なは」と「あかつき」の境・・・
上手く撮れませんでしたが、両方のテールマークも拝むことが出来ました。

程なくして列車は発車し、私も寝台へ戻ることに・・・

その後、この旅の出発地である博多を過ぎ、門司と下関では一大イベントである「機関車交換」をじっくりとみることが出来ました。
しかし客の多いこと多いこと・・・
私の子供時代も門司と下関は結構人だかりが出来ていましたが、今回のはそれ以上・・・
私は作業の邪魔にならないようちょいと遠くから眺めてました^^

とりあえずこれで寝ることが出来そうです。
明日は大阪あたりでEF66でも撮ってみますかね。
その頃はもう明るいでしょうし。

それでは続きはまた明日・・・
お休みなさ~い。

| 鉄道::なは・あかつき乗車記 | 23:44 | comments (0) | trackback (0) |
そして京都へ・・・
下関を出るとどっと疲れが出てきました。
時刻はすでに0時を回っていますし、眠たくなってきましたのでここで寝ることにしました。
朝は三ノ宮あたりで起きれば外も多少明るくなっていることでしょう・・・

Z Z z z z ~








ガタンッ
という音と揺れで目を覚ますと、時刻は6時頃・・・
ちょうど姫路を出たところでした。
あたりはまだ薄暗いのですが、次第に明るくなってきます。
三ノ宮を過ぎたあたりで洗面とトイレ・・・
おもむろにカメラを持って先頭のデッキへ歩いていきました。
7時15分、大阪に到着。
通常は7時17分着の19分発なのですが、この日は土曜日で15分着となっていました。
まぁこれは時刻表で確認して知っていたわけでして、大阪での停車時間は4分あります。
ここでようやくゆっくりと(といっても3分がいいところでしょうが・・・)EF66を撮ることが出来ます。
定刻にホームに滑り込み、ドアが開くとすぐ先頭へ・・・


本州内でのヘッドマークをまじまじと見たのは初めてですね。
「なは」と「あかつき」を上手く組み合わせてます。
個人的には九州内のヘッドマークより好きですね。
九州のはなんか別の列車みたいで・・・
「なは」のヘッドマーク自体馴染みが薄い(私が昔に乗った頃の「なは」は583系の電車でしたから)ので、とても新鮮に感じます。

そうこうしているうちに発車時刻となり、慌てて車内へ駆け込みます。
次の停車駅は新大阪~(なんか銀河鉄道999みたいだな^^;)

新大阪での停車はわずかで、あとは終点京都を目指すだけです。

そして7時53分、これまた定刻に京都駅に到着。
と同時にカメラを持った人が大勢前へ後ろへと走っていきます。
私はまだ「なは」編成の最後尾を撮っていないことに気づき、小走りに後ろへと向かいました。



これは途中で撮った「ソロ」の車体です。

酷いですね・・・
話には聞いていましたが、まさかここまで酷いとは・・・
いくら廃止になるからって、もうちょっと手入れしてあげられなかったのでしょうか・・・
他の車両はまだここまで酷くはないので、この「ソロ」だけ異様に目立ちます^^;
ちなみにこの車両は「なは」編成のものです。
「なは」はJR九州の所属で、この車両もJR九州にて改造されたものです。
ですから側面に大きく「SOLO」のロゴがある(「あかつき」編成はJR西日本の所属なのでこのロゴがありません)のが特徴なのですが、外板がボロボロでロゴも台無しです・・・


これが「なは」のお尻です(電源車のカニ24)
これは「あさかぜ」などに使われていた切妻貫通型の100番台ではなく、「はやぶさ」などで使われていたのと同じ非貫通タイプの0番台ですね。

ここで「お?」と思うかもしれませんが、「あかつき」は14系の編成なので、先日話したとおり電源車は必要ありません。
しかし「なは」の24系は電源を備えていませんので、このように端っこに電源車を連結しているわけです。

ちなみに、昔14系の電源に起因する火災事故が発生しました。
そこで、客車には電源を載せず別途電源車を連結して運行させる24系が生まれたわけです。
その24系は「あさかぜ」「はやぶさ」「富士」などにも使用され、現在では「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」などで使用されています。
しかし24系にもデメリットはあります。
それは同じ列車でも途中分割(併結)して運転される列車には不向きだということ。
つまり、以前の「さくら」や「みずほ」などのように、肥前山口で長崎行きと佐世保行きに分かれる列車にはさらにもう一両電源車が必要になることです。
ですから、上記の列車は14系の編成となっていました。
現在の「富士・はやぶさ」も併結作業を考慮し、廃止された「さくら」の14系車両を導入してさらに24系車両も一部14系化の改造を受けて導入されています。

さて、廃止前に一度は乗っておきたい・・・
と思っていた「なはつき」に乗ることが出来ました。
ブルートレインに乗るのは約15年ぶりです。
車体こそ老朽化してはいるものの、あの音、揺れ、におい、そして真っ暗の闇夜を駆け抜けていく神秘的とも言える感覚は何も変わっていませんでした。
これに夢中になっていた子供の頃に戻った気分です^^;


名残惜しいのか最後にもう一枚^^
チラッと見えていますが、ここは0番ホーム。
昔は1番ホームだったのですが、いつだったか0番ホームに変更されました。
で、右側ホームのが2番線となっていますが、1番線もちゃんと存在します。
「なはつき」の止まっている線路と2番線の間が1番線で、プラットホームの存在しない通過線となっています。

さぁ、そろそろ改札を出ます。
するとどうでしょう・・・


新しくなった京都駅を見るのは初めてなのですが、すごいですね。


別の角度からもういっちょ。


ぽかんと口を開けて見上げていましたが、このトラスはすごいですマジで。
と、気がつくと時計は8時をとうに回っています。
腹も減ったことだし、朝マックでもするかとマックを探しに地下へ行ってみました。

するとサブウェイがあるじゃありませんか。
これまた久しぶりなので、ここで朝食を取ることにしました。

幸い喫煙席も設けられているのでコーヒーを飲みながら一服し、このあとどうするか考えます・・・
せっかく京都まで来たんだから、金閣寺と清水寺だけは行っておきたい・・・
ではどう行けばいいのか・・・

とにかくバスターミナルまで行くことにしました。
途中バスの案内所があったので、市バスの1日フリーパスを購入したのですが、その時バスの系統図と主な名所への案内が書いてあるマップをもらいました。
さすが日本屈指の観光地、気が利いてます^^

とりあえず、まずは金閣寺を見に行くことにしました。
ここはとにかく観光客が多く、出来るだけ早い時間に行った方がいいと思ったからです。
で、バスに揺られること30~40分(もっとかかったかな?)、金閣寺道で降りてすぐにそれはありました。
実はこのとき感心したのは市バスの動作です。
停車してドアが開くと自動的に車体が左に傾きます。
乗り降りがしやすいようにだと思いますが、ちょいと驚きました。
ドアが閉まるとまた自動的に平行状態になって走り出すんですが、今時のバスはすごいですね~
西鉄バスにはこんな機能あったっけ?
まぁバスも普段ほとんど乗らないためわからないんですがね^^;

早速拝観料を払い中に入ります。
時刻は9時半頃で、観光客もかなり大勢います。
そのほとんどは韓国、中国の人たちだったのですが、騒いでうるさいことうるさいこと。
と目の前に現れたのは・・・


絵はがきのようなこの光景、実物はもっと綺麗でした。
残念ながら晴れ間はわずかで時々雪もちらつくお天気。
これが青空だとよかったのですがね~


アップで見るとこんな感じ^^
このときは運良く青空が顔を覗かせてくれました.

お次はある場所へ行ったのですが、この流れ上飛ばして次へ・・・


定番中の定番である清水寺です。
さすがに京都は寒く、日中でも刺すような寒さ。
しかも雪が時折激しく降ってきて、あの長い坂を登って疲れ切った私の体に追い打ちをかけてくれます。


でも初めて見るこの光景はやはりすごいですね。
桜や紅葉の季節だともっと綺麗なんでしょう・・・

しばらく見て回ったあと、またあの坂を今度は下りていきます。
このときすでに午後3時近くになっており、そろそろ土産を買わなければ・・・
バスで河原町近辺まで行って、あちこち歩き回ってかな~り疲れました。
もう足は棒・・・

今は今でこんなことを書いていて打ち疲れましたので、清水寺に行く前の場所など残りはまた明日書きます。

では。

| 鉄道::なは・あかつき乗車記 | 22:40 | comments (0) | trackback (0) |
いざ聖地へ・・・
昨日は金閣寺と清水寺までを書きましたが、清水寺の前に寄った場所を今日は紹介しようと思います。

その場所の存在はかなり前から知っていて、私自身「死ぬまでに一度は訪れておかないと行けない場所」と思っていたところです。
それはどこかというと・・・







そう、梅小路蒸気機関車館です^^
かつての梅小路機関区で、1972年にSLの動態保存を目的とした施設として開業しました。(現在も梅小路運転区として機能しています)
当時、SLの点検整備などはあの有名な鷹取工場で行われていましたが、阪神淡路大震災で受けたダメージなどが原因で閉鎖されました。
で、その後はここ梅小路でSLの整備を行うことになりました。
2004年に天井のクレーンと引き込み線も含めて国の重要文化財に指定されたそうです。


全て入り切りませんでしたが、このような扇形庫にSLが保存されています。
この中で7両は動態保存されており、うち5両は車籍もあります。
さらにC57 1号機とC56 160号機は全般検査も受けていますので、営業線での本線走行も可能です。
前車は「SLやまぐち号」、後者は「SL北びわこ号」の牽引機として有名ですね。


これがC56 160号機。
明日の運行を前に点検整備中でした。


さらに隣にはC57 1号機とD51 200号機(車籍あり)もいました。
C57 1号機は3月から10月までは「SLやまぐち号」の牽引を担いますが、それ以外の冬場の期間は主にここで疲れた体を癒しているんですね。
ちなみにこの扇形庫ですが、収容は20線のうち左側の7線は検査線となっておりここで整備を行います。
ここに天井クレーンがあり、奥には旋盤などの工作機械なども備えられていますが、通常一般客は中に入ることが出来ません。


これはデゴイチの1号機ですね~
写真ではわかりませんが、この初期型は「ナメクジ」の愛称で有名です。


これはSLスチーム号。
後ろにトロッコ車両をつなげて施設内の展示線を10分くらいかけて実際に走っています(大人200円、子供100円)
配置されている動態保存機を入れ替えながら運行されています。
この時はC62 2号機。
現役時代に特急「つばめ」を牽引していたカマで、例のつばめマークもありました。
私も乗ってみようかな・・・
と思ったのですが、乗っているのはほとんどが小さな子どもを連れた家族やカップルなど。
私一人で乗る勇気はありませんでした・・・^^;

ちなみに「つばめ」といえば国鉄の伝統的な特急列車です。
現在は九州新幹線の名称となっていますが、JR(国鉄)にとってこの「つばめ」の愛称には深い思い入れがあるようです。
プロ野球のヤクルトも以前は国鉄の外郭団体によって運営されており、球団名も「国鉄スワローズ」でした。
またJRバスもつばめをシンボルマークに使用しており、どうしても「つばめ」とは縁が切れないようですね。


これはターンテーブルですね。
その日のスチーム号の運行終了後、ここで転回作業が見られます。
今度は夕方に見に来たいですね。

その他の機関車をゆっくり見たり、旧二条駅を移築した資料展示館でSLの歴史や当時の道具などを見たり、気がつけば2時間くらいいたでしょうか・・・
外は小雪がちらついてきましたし、ここいらで梅小路をあとにすることにしました。


機会があればまた会いましょう・・・



さて、その後は先日書いたように清水寺へ行って、京都駅周辺をブラブラしたり商店街を歩き回ったり土産物の買い物などで夕方まで歩きっぱなしでした。
そうこうしているうちに時間が・・・
そろそろ京都を去らねばなりません。
まだまだ見たいところはあったのですが、なにせ行き当たりばったりの京都観光でしたので要領がつかめません・・・
今度来ることがあるならば、前もって行くところや買うモノなどを決めておいたほうがいいですね。
出来れば2,3日ゆっくりしたいところですがね^^;

さぁ、辺りは夜の帳が降りてすっかり暗くなりました。
最後に駅前名物「京都タワー」でも撮って帰りましょうか^^


手持ちで頑張りました^^;


いよいよ明日は「なは・あかつき乗車記」もラストとなる予定です。
乞うご期待^^;

| 鉄道::なは・あかつき乗車記 | 22:35 | comments (0) | trackback (0) |
さらば京都・・・
午前8時前にここ京都に到着し、それから12時間後の午後8時過ぎに京都を出る列車で帰ります。

発車10分前に入線してきたそいつの先頭を撮ってからすぐ乗車・・・



そうです、帰りも「なは・あかつき」です。
行きは「あかつき」でしたが、帰りは「なは」に乗車。
「なは」は電源車を入れて5両の編成、つまり寝台車はわずか4両のみです。
そのうち2両は開放B寝台で、ソロとデュエット(2人用B寝台個室)が1両ずつとなっています。
私が乗車したのはソロで、先日お見せしたような酷いボディのあれです。
この2階の個室に入ったとたん、その狭さに驚きます。
数段の階段を登って小さな扉を開けると、靴をやっと置けるような場所を除いて全てベッド。
一般的なB寝台のベッド幅(70cm)よりは幅広ですが、室内で立てる場所がありません。
荷物を置く場所すらないので、土産やらカバンやらをベッドの端に置くことになり、非常に窮屈です。(窮屈がゆえ上手く撮れなかったので写真はありません^^;)
窓は車体の形状に合わせた曲面ガラスで、今日降った雪がその上部に溜まったためか非常に汚く外がよく見えません^^;
まぁ横になれば難なく寝ることが出来ますし、往時に乗ったシングルツインよりも静かでした。
この個室は開放B寝台と同じ料金なので、文句は言えませんね・・・


これが「なは」の方向幕です。
「なは」はJR九州の所属なので、方向幕は国鉄時代と同じものですね。
ちなみに「あかつき」はというと・・・


こちらは一変してちょいとおしゃれですかね?
「あかつき」はJR西日本の所属でして、西の方向幕だけこのタイプとなります。

さて、この日は丸半日歩き回ったせいで非常に疲れており、あっという間に睡魔が・・・
大阪を出た頃までは記憶がありますが、そこから寝てしまったようです。

しかし下関到着前には何とか起きて、下関と門司での機関車交換作業は見届けました。
その後またうつらうつらしているといつの間にか博多・・・
そして鳥栖まであっという間に感じましたね。

鳥栖では「あかつき」を切り離して一足先に出発です。


朝日を浴びて終点熊本までひた走ります。
そして、遂に終点熊本駅へ・・・


真っ赤なED76を明るい時間に撮ったのは今回これが初めてですね。
ふと周りを見ると、隣のホームからのほうが撮影には良さそうなので移動します。


うーん・・・
この位置から編成が全て、しかもかなり余裕で写ってしまうというのもなんか寂しいですね・・・
昔なら13~15両くらい繋いでいましたので、この位置でこのアングルだと全て入りきるか微妙なところなんですがね^^;


そしてあっという間に回送されていきました・・・

あぁ・・・
今回の「なは・あかつき」での旅はあっという間でした・・・
やはり関西ブルトレだとちょっと物足りない感じはします。
東京までなら夕方発でゆっくり車窓を楽しむ時間はありますし、翌朝もしかりです。
まぁとにかく廃止前に一度は・・・という願いが叶い大満足です。

このあと朝飯でも食って熊本城でもゆっくり見て帰るかな~・・・

いえいえ、このあとすぐ博多へと戻りました。
何故かって?
それはまた明日^^;


| 鉄道::なは・あかつき乗車記 | 22:59 | comments (0) | trackback (0) |

  
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