長崎2日目午後の部・・・
2泊目のホテルに荷物を預け、目の前の宝町電停から北の平和公園に向かいます・・・




私は小学校の修学旅行以来の訪問ですから、もう30年以上も前の事になります・・・
かみさんと子供はここはまだ来たことがないので、1度は見ておいたほうがいいと思ってやってきました。






入口の横になにやら穴が開いていますが、これは戦時中の防空壕の跡で「松山町防空壕群跡」とありました。
中には入れませんが、その当時の防空壕が保存されているんですね。




長い階段(エレベーター)を登っていくと泉があるのですが、どうやら改装工事中で水は止められていました。
その先は公園・・・というよりは原っぱのようですが、ここは旧長崎刑務所浦上刑務支所があった場所です。
爆心地から一番近い場所(およそ100m)にあった公の施設は一瞬にして全て吹き飛ばされたそうです。
そしてかろうじて残った基礎部分や壁の一部がそのまま保存されています。

そしてさらにその先にあるのが・・・




え・・・?

リニューアル工事・・・だと?

見えないんですがw

残念ながら平和祈念像は表面の塗装を塗り替える補修工事が始まったところのようでして、足場が組まれていて足場の隙間からしか見ることはできませんでした。
ドヤ顔で子供に「これがあの有名な平和祈念像だぞ」って見せてやるつもりだったのですが、残念・・・
まぁ子供は今年6年生になりますから、修学旅行でまたここに来るはずなのでその時にしっかりと見てきてもらいましょうw

ここから南側のゾーンに向かうと・・・




原子爆弾落下中心地とあり、つまりここが爆心地ということになります。
1945年8月9日午前11時2分、この上空約500mの所で原子爆弾が炸裂し、7万人以上もの死者が出ました。
あれから70年以上経った今でも原爆症で苦しんでいる方が大勢いらっしゃるということです。

ここからは原爆資料館を訪れ、この戦争と原爆について勉強してきました。
かなりショッキングな写真なども掲示されていましたが、戦争の悲惨さを学ぶには当然必要なことだと思います。
グニャグニャになった鉄骨や溶けてひとかたまりになったガラス瓶や硬貨など、原爆の威力というものも少しは理解できたかと思います。
普段はチャラチャラしている我が子も神妙な面持ちで眺めていましたので、連れてきてよかった・・・
まぁ私が連れてこなくても修学旅行で来るとは思うんですけどねw




廃墟となった浦上天主堂は1958年に再建されることが決まり、壁などのその遺構がこの公園に移築されています。
遺構は元の場所で保存すべきとの声があがり、教会再建のため別の場所に代替地を用意する案もあったそうですが、教会建立の歴史的背景など信仰上移転は受け入れられないとの判断がなされます。
ですから遺構はそこに残しておけないということで一部を移築したようです。

さて、歴史の勉強をしたあとは一旦ホテルに戻り、しばらく休んでから夜の中華街に繰り出したいと思います・・・


| 旅::ランタンフェスティバル2019 | 02:05 | comments (0) | trackback (0) |
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